JR東日本  オハ47(旧型客車)
 

 チョコレート色の重厚な車体に、昭和50年代に生まれた人間でさえ、そのノスタルジックな雰囲気に魅せられてしまうようです・・・・・・。
オハ47は戦後、昭和20年代を中心に製造され、各地で急行列車などで活躍した後、昭和40年代後半あたりからローカルに転向。老朽化と手動ドアの危険性が指摘される中、昭和60年代には殆どの路線で旧型客車が淘汰されてしまいます。
しかし、旧型客車復活の声はSL同様高まるばかり。そこでJR東日本ではイベント用に5両の旧型客車を保有することにします。そして、いつしか管内の様々な路線のイベントに引っ張りダコになります。 さて、そのイベント用の客車の中では、このオハ47は地味な存在のようです。それでも旧型客車独特の「味」は十分味わえます。さりげなくプラチナチケットらしぃですが、皆さんもぜひ!!
(撮影・取材:中央本線・甲府/竜王/長坂/小淵沢駅)

 

 

 



車内全景です。旧型客車というと、とにかく「木目調!!」というイメージをお持ちの方が多いようですが(当社比)
このようにアイボリーの化粧板でまとめ、灰色のツルッとした床を持つ車輌もいます。
(北海道を除いて、戦後生まれはどちらかというとこのパターンの車内の方が多かったみたいです)
とはいえ、蛍光灯がなかった時代。高い天井に白熱灯という組み合わせは旧型客車ならではの「醍醐味」でもあります。

デッキつきの2ドア、オールクロスシートです。



車端部に近寄ってみました。デッキとの仕切りは丸みを帯びた、優しい雰囲気になっています。
「職人業」ここにあり。貫通扉は仕切りと同じ色のフレームにすりガラスがはまっている物でした。
非常灯や温度計もしっかり備わっています。ただ、温度計は若干新しそうな気がしたのですが…どうでしょう(^^;;


天井です。
中央の丸いスリットが、屋根のベンチレータと直結した換気口。
そしてその左右には蛍光灯が並んでいます。
オハの車内は電球から蛍光灯に切り替えたようで、残念ながら電球色に照らされて・・・というのは無理ですが、取材日に連結されていたスハニ36は電球色の電球なので、このあたりは「運まかせ」で結果が左右すると言っても過言ではないと思います。

ただ、丸い蛍光灯がむき出しだったのはちょっと閉口です。せめてカバーが欲しいところです。
#ただ、友人(T)氏(あえて伏せます(^^;; )は蛍光灯の「TOSHIBA」の旧ロゴに物凄い反応を示していましたが(^^;;


さて、ここから座席に突入です。醜い画像ですみません。
#座席画像はブレたり、構図が悪かったりして良い画像が一枚もありません・・・(><;;

クロスシートの車内なので、大多数はこのような座席になります。ちなみに乗車時にはパンフレットが座面の上に置いてありました。模様ではありません(^^;
フレームは立ち客が座席の端を握れるようにちょっとした工夫がされています。
座り心地はスプリングが過剰に効いていました。往年の乗り心地を味わい方にはうってつけ!な揺れを提供してくれます。また、窓側は景色が良い代わりに暖房用のダクトがあるので足元が窮屈です。
それにしても紺のモケット、最高です(^^)


また、車端部には、他席よりも肘掛け1つ分短いシートが存在しています。
取材したオハ47では、1AB・2AB・21CD・22CDの席番が該当します。
今回偶然にも22CDを片道当たってしまったので、ガッチリした大人2人で座ってみたのですが、
やはり同時に弁当を食べる時などは若干窮屈でした。仕方が無い、と言ってしまえば仕方が無いのですが、
この「短いシート」がその後数多くの急行形車輌に脈々と受け継がれていくとは、当時の設計陣の方々も思っていなかったことでしょう、きっと(^^;;

やっぱりこのシートは恋人同士のデートをサポー(以下自粛


窓枠は木製、そして灰皿も。テーブルは細長い急行形仕様。


そして、灰皿とテーブルの一部分をドアップしてみました。
灰皿は往年のJNR仕様をそのまま使用しています。扇風機は「JR東日本」のステッカーが貼られていたので、数少ない「国鉄遺産」の一つとして考えても良いと思います。
そして旧客といえば「センヌキ」。ペットボトル全盛の今では信じられないかもしれませんが、旧客が遠距離輸送の花形だったころはビンによる飲料が販売されていたと聞きます。つまり、センヌキはホームで売り子から買って、その王冠を開けるための「必需品」だったのです。かつて、西武秩父線の4000系でセンヌキを見たときにはブッたまげましたが、旧客ならこの設備は「納得!」といったところです。


車内、最後に網棚と帽子掛けを。
どちらも洒落ていますね。今の車輌では真似できないくらい(^^; 網棚は本当の「網」でできています。

さて、続いてデッキにでることにしましょう。

アイボリー一色でまとめられた壁が特徴のデッキです。
画像のようにドアが車内の方に押す「手動ドア」になっているのが最大の特徴で、かつ旧型客車衰退の原因の一つでした。
ちなみに取材時に乗ったイベント列車では、走行中のデッキ立入は「禁止」でした。
それにしても扉のHゴムが周りを引き締めています。


そして、デッキの天井はきちんと白熱灯でした(^^)
優しく照らされた出発前のデッキは、まさに長旅の始まりのような雰囲気でした。
また、一部デッキには放送音量や照明を操作できる配電盤がついていますが、こちらも何度も塗料を塗ったのでしょう、かなり厚みがでています。客車自体の「年輪」の如く。


最後に洗面所です。使用禁止の紙が・・・・・・ですが、それはさておき、タンツボと洗面台が同じフレームに収まっているのが珍しいです。ちなみにお湯も出たみたいです。当時は。
ただ、特筆すべき事項は窓の下、ちょっと醜いですが・・・タイルが張ってありますね。つまり、水まわりということで容易にふき取れたり、環境維持のために、1枚1枚、湯船のようにタイルが丁寧に貼られているのです。

いたるところに「職人業」が発揮されているからこそ、僕が出会えなかった「懐かしさ」に触れられる貴重な機会を得る事ができるんですね。これからも末永く、「歴史」を知っている者にはそれを思い起こさせ、知らない者には新たな「歴史」を刻み込み続けて、欲しいです。個人的にはまたいつか、今度は夜行で乗れるといいなぁ〜なんて無謀な願望を抱いてみたりする今日この頃です。
 

特急の通過待ち。ホームのススキが晩秋を告げます。
いつまでも、この「ひととき」を。いつまでも、この「雰囲気」を・・・・・・。
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