JR東日本  中央線快速201系
 
  1981年、これまで国電の顔として十分な活躍をしていた101系、103系の置き換えのために201系が登場します。もともと試作車が1979年に登場していましたが、そちらは黄色の201系。1981年から投入がはじまった量産車はオレンジ色から始まります。
これまでとは全く違う斬新な顔に「省エネ」という看板も背負い、あれよあれよと勢力を拡大していきます。残念ながら首都圏の各線を席巻する勢い・・・とまではいかなかったものの、千葉や東京西部にお住まいの方を中心にお世話になった方は多かったのではないでしょうか。
その後中央線快速電車に投入されたグループはあらゆる改造を受けながら過酷な中央線の運用をこなし、2006年からはその座を少しずつE233系に譲っています。中央線文化が、中央線を取り巻く風景から「オレンジ一色」という正当派スタイルが、間もなく消えようとしています…。
(取材・撮影 JR青梅線・拝島〜青梅)

 

 

 


車内全景です。当初は茶色とオレンジ色の座席モケットを使用していましたが、1990年代前半から現在の青系の座席モケットに変更されていますが、103系の寒色系の車内から暖色系に大きく転換するという、ある意味歴史の1ページを生み出した車内でもあります。

この車内ではモケット以外にも様々な掲示や改良が加えられていますが、それらは追ってご紹介することにします。
スペック自体は4ドアロングシート車になります。


乗務員室との仕切りです。この部分のみ最後まで吊革の増設が行われませんでした。
非常に閉鎖的な空間で、小窓と乗務員室への扉がポツリポツリと空いている程度。しかしそれでも近郊形電車や103系のATC設置車などの「前面展望の手段が(実質)扉の窓しか無い」といった状況から考えると、ある意味一歩進んだのかもしれません。
2005年前後でしょうか、この中央の小窓に「乗務員が状況把握のために携帯電話を使用することがあります」などといった文が入ったステッカーが小さく貼られるようになりました。他の車両でも見るステッカーなのであまり珍しいわけではないですが、きっとこのくらいの小窓でも運転席が気になって仕方がない方がいらっしゃったのでしょう・・・。

自分もたまに気になります(^^;;;

さて、2008年頃から仕切りの様子がほんの少しだけ変わりました。仕切りのすぐ手前の吊り広告が浮いているように感じます。勿論些細な差なので気にならない方の方が多いかもしれませんが…

ちょっと広告に隠れていますが、この箱が変化の正体です。デジタル無線の機器が乗務員室内に収まらなかったため、客室内に出っ張って設置されています。目立たないながらも黒いゴムで隅を覆い、頭をゴツンとやらないよう配慮されています。
中央線快速電車では1号車・10号車のみの設置になっており、封じ込めされている6号車・7号車の仕切り背後には設置されていません。今まで至る所に改良の手が加えられていた201系、他系列で行われている吊革の優先席バージョンへの取り替えなどが行われていないため、この箱の設置が中央線快速201系として、最後の「改良」となりそうです。

 
車端部の様子です。この部分が一番改良が加えられている部分かもしれません。
東京寄りの先頭車には2005年9月から「女性専用車」のステッカーが貫通扉の窓ガラスに貼られ、そのさらに前に妻窓が閉鎖されています。新たに出来た壁の部分には広告枠が新設されています。優先席やシルバーシートがらみのモケット変更も何度も行われており、やっと慣れてきたと思ったらもう廃車・・・月日の流れは本当に早いものです。

その妻窓の枠をピックアップしています。転落防止用のホロを設けるための閉鎖ということになっていますが、私のようなひねくれた人間には「増収」というコトバが真っ先にちらついてしまいます(^^;;;
画像向かって右側、少し桟が太くなっている方が元戸袋窓だった部分で、現在も戸袋として機能しています。元々の設備を活かした閉鎖だったので、103系ほどではないにしろ僅かな違いがでています。


天井です。部分部分にファンデリアが使われており、少々低くなったもののフラットな天井を作っています。冷房が効く部分とそうで無い部分にくっきり分かれそうな印象もありましたが、このあたりは人それぞれ感じ方や好き嫌いがありそうです。
吊革は取材車両では全て三角形の物に交換されています。かつての103系同様、全て三角形のものに取り替えた車両と、ドア付近の増設部分のみ三角形、他の車端部やドア〜ドア間の吊革はそのまま丸いものを使用している車両が混在しています。


床です。こちらは登場時から変わらず、濃いめのベージュを維持し続けています。
国鉄末期に流行ったこの色も車内の明るさに大いに貢献しています。

 
ドア周りです。103系と比べてドアの窓は小さく、ガラスの押さえも目立たない、スッキリした形になりました。これに軽いショックを受けたのは幼年の自分で、景色が見づらいなぁと思ったキオクがあります。そのドアの窓に晩年は「ひらくドアにちゅうい」というステッカーが貼られました。「ドア閉め注意」のステッカーが多い中、その逆は関東では珍しいものがありました。

 
鴨居部と先ほどの「ひらくドアにちゅうい」ステッカーです。「ひらくドア」ステッカーが貼られた後、鴨居部は広告枠の下にも注意を喚起するステッカーが貼られました。
試作車では鴨居部も上部がややカーブしていましたが、量産車ではまっすぐ一直線になりました。それでも103系と比べると鴨居部上の広告枠に余裕が無く、天井の低さを感じやすいポイントになってしまっています。


中央線快速電車の側窓には「女性専用車」のステッカーが貼られました。2005年9月、JR東日本では埼京線に続いての導入となり、東京寄り先頭車が対象車となりました。かつて、と言ってもだいぶ昔に中央線でやっていた「婦人・子供専用車」の時は鉄製のサボを側窓に引っかける格好でしたが、現代版はステッカーになり、対象時間外の時は悪く言えば「車窓の邪魔」になってしまいました。全日徹底周知できるとはいえ、もう少し柔軟に対応できなかったのでしょうか・・・。

なお、女性専用車の設定は平日の朝のみで、取材は対象外の時間帯に行っています。


座席です。まずはドア〜ドア間の7人掛けから。ブルーのツートンが鮮やかなモケットを用いており、これもJRになってから変更になっています。登場時は焦げ茶1色、真ん中1席はオレンジという座席で、登場時から定員着席にこだわったデザインを施していました。
今尚柔らかな座り心地は健在。足の長い方におかれては迷惑かもしれませんが、それまでの103系の座席よりも着座位置が低めに設定されたようで、乗り換えるとその差がだいぶ出ていました。

 
車端部の3人掛けは優先席と通常、二つのモケットがあります。優先席のモケットは通常のモケットとは異なる時期に鶯色、或いは水色のモケットから変更されており、シルバーシートよりも設置場所が増えている格好となりました。優先席設定当初はモケット変更が間に合わずに「水色のモケットなのに優先席」という不思議な状態も見られましたが、その後変更が行われています。

個人的には最も妻面の座席は隣にちょっとした肘掛けにもなりうる空間が備わっていることもあり、通勤電車の中ではかなり居住空間的には優れているのではないかと思います。勿論通勤特快の車内など、周りの環境によっては人混みと腹痛と足の寒さに震えながらノンストップ区間を命からがら耐える等だいぶ感じる物が違ってきますが、空いていればオススメなスペースかと思います。

この居住空間が維持できない今時の通勤電車が残念です・・・。


最後に袖仕切りにズームイン。焦げ茶とアイボリーを上手い具合に使い分けています。
茶色モケットだった頃はかなり似合ったことでしょう。

この車両が廃車になっていくという現実が到底信じられないくらい、この袖仕切りの使い勝手やデザイン性は高いと思うのですが、これも時代の流れなのでしょうか・・・。

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